中国人のインテグリティ
最近、インテグリティという言葉が流行って(?)いますが、さて、中国人のインテグリティってどういうものなのでしょうか?
「著作権意識のかけらもないわけだから、インテグリティなんてダメだろ、議論するまでもない!」という意見があります。それはそうかもしれませんが、ここで考えてほしいのは、「著作権という概念が無ければ、著作権を保護しなければならないという観点のインテグリティ」なんて働くでしょうか?
私は、中国人のインテグリティについては2つの事を感じています。
- 「個人主義」を背景としているため、日本人よりも、個人的な価値観としてのインテグリティ意識は高い(日本人は、他の人もそうしているから、を、背景としたインテグリティかもしれない。組織に対するインテグリティが存在しているし)。
- 地域差によるインテグリティの衝突が日々発生していて、インテグリティ感覚が磨かれている地域もある。逆に無神経な地域もある。日本は、インテグリティの衝突はあまり発生していないので、たとえば中国みたいな国を見ると、インテグリティの衝突を感じて、いきなり相手を否定したくなる(エスノセントリズムかも)。
アメリカは何かにつけて政治的、中国は個人的、日本は集団的。フランス人は反集団的。ドイツ人は法的?わかりませんけど、そういう特性からも、インテグリティは生じると思います。
中国人は、組織的な意味でのインテグリティは薄い。というか、組織的な意味でのレスポンシビリティも無い。で、個人になってくると、高いインテグリティはあるけれど、背景としているものが日本人とだいぶ違うし地域でも違う。そういう気がします。

はじめまして。
中国で数年間プロジェクトの実行をやった経験があったもので、この記事、思うところがあってコメントしてしまいました。
まず、「中国」とは関係ありませんが、「インテグリティ」の意味について。
英語の「integrity」というのは非常に意味野の広い単語ですが
ワタシはPMPでいうところの「インテグリティ」は、むしろ「一貫性」に近いものとして捉えていました。
これは、なにか特別に具体的な確証があってというわけではないのですが、海外で仕事をするに当たってやはりインテグリティについて現地のスタッフと話題に上ることが何度かあり、その経験からです。
以下ワタシの単なる個人的な理解です。
たとえば、他の会社との折衝の中で自社のインテグリティを保つといった場合の「インテグリティ」とは論理の一貫性を保つことであり、「正直さ」、「清廉さ」、、、「誠実」等を保つことではありません。(もちろんこれらの道徳的な意味での「インテグリティ」を保つこともできればベストですが、、)
「正直」である、「清廉」である、、、、場合、その言動において「一貫性」は保たれますが、逆に「一貫している」ことによって「正直さ」、「清廉さ」等は担保されない。
PMに必要とされる資質として「正直」「清廉」等も勿論重要ですが、それは一貫性を保つための一要素として「好ましい」資質であり、副次的な要素として捉えております。
で、中国論に移って、、、
『著作権意識のかけらもないわけだから、、、、』のくだりで引用されている「インテグリティ」は道徳的な観点からの「インテグリティ」(≒「正直」「清廉」、、「誠実」等)であり、「一貫性」ではない様に思いました。
逆に『「個人主義」を背景としているため、、、、』のくだりでのインテグリティというのは、むしろ「一貫性」に近いものといった理解をしました。
「中国人のインテグリティ」ですが、「正直」「清廉」、、「誠実」と捉えた場合、彼らのインテグリティに対する意識は日本人からみると非常に希薄に感じました。
特に、正しい報告を上げることや、自分のSOWを全うすることにおいて。
自分の利益のために、虚偽の報告をしたり、自分の仕事を他の人間に押し付けたりというのは日常茶飯事だった様に思います。
ただ、「一貫性」という意味でのインテグリティは「利益に従う」という意味においては非常に「一貫」してます。
たまたま、これまで、中国人、ドイツ人、フランス人、勿論日本人と働く機会があったのでその中で感じたことですが、
ドイツや日本の文化は、「正直」「清廉」、、「誠実」という意味での文化的なインフラによっている面が強く、それによって社会の効率性が保たれています。
逆に、フランスや中国のような国では個人の利益追求が優先される面があり、その結果として総体の利益が保たれている様に思えます。
この様な人種がミックスしたインターナショナルチームのマネジメントでは、道徳的な意味においての「インテグリティ」と 一貫性という意味での「インテグリティ」とが相互に影響を与え合って非常に難しいものになりがちです。
そのような場合、もとめられるのは、主観的な「正直」「清廉」、、「誠実」ではなく、組織内で「一貫」した方針なのではないかと思っています。
まとまりがなくなりましたが面白い題材だったので、自分の考えを述べさせていただきました。失礼致しました。
投稿: ゆ | 2007-05-17 01:00