時間の経過についての感覚
わずか5分待つ事ができなかった。自分の決めたルールを、自分で変えてしまう。人間って、そんなもんなんだな、と、最近実感した。
マネジメントにおいて難しいのは、「時間の経過」に強くなることかもしれない。セミナーなどでも度々話をしているのだが、そもそも、進捗会議の場などで扱っている「情報」は、いつの情報だろうか?と。しかし、事はそれだけではない。
何かがこれから変化する時間、例えばパフォーマンスが良くなる・悪くなるということだが、それを感じる自分、その時に生じる感情、こうしたものの「これからの変化」について、つぶさに観察していると、実は、結構、心臓に悪い。
私自身、いつもギリギリまでやらない、あるいは、ギリギリ間に合う、という事が多いのだが、時間を見積間違えていることだけが原因ではなく、この時間を受け止めることによる、その他の変化が「嫌」なのだ、ということが、最近、非常に強く感じられるようになってきた。
これが、即ち、プロジェクトにおける時間とリスクの感覚なのだ。私自身もリスクを怖がっている、ということだ。
さらに踏み込んでみると、時間の感覚とは、つまり、「ある状況に到達するまでの時間」の話であり、その「ある状況」をきちんと定めておくことが肝要だ、ということになる。
そして、その予測を立てておき、「一週間で1日以内のズレまで許容(1日のズレが生じたら、資源の調整を必ず行う)」と、しておく。一週間で、ということは、一週間の時間のフレームを捉える、ということになるのだが、しかし実際には、1日のズレを許容するかしないか、なので、1日というフレームも、観ていなければならないし、1日単位のズレを生じさせるドライバや変化を見逃さないようにしなければならない。
と、ここまで書いてみて、言葉にするのは簡単だな、と、思った。この話自体、単なる監視コントロールプロセス群の話、だ。
大切な事は、「これを事前に決めること」と「決めたことを曲げない」ということなのだ。
例えば、「やむを得ない何か」が起こるとする。その時、簡単に、「2日のズレを許容」してしまったり、「一週間単位ではなく、一ヶ月で観たら」と視点を変えてしまう。
やむを得ない事は、確かにやむを得ないのだが、そうではなく、「許容できない状態の時に、こうする」と、確かに決めておいたのであれば、それを、勇気を持って実施しなければならない。
事前の訓練としては、自分の得意な時間のフレームを持つ事、だろう。私の場合、7分(或いは5分)、36時間(或いは24時間)、2週間、2ヶ月、2年、というフレームがあると思う。ちょっと人とずれているかもしれないが、自営業なので、自由に決められる、ということなので許して欲しい。
具体的には、7分楽しむ、人の変化は2週間以内、2ヶ月は我慢、組織だったら最短2年、というものだ(これはセミナーでも時々話をしてきたこと)。
自分にとって気持ちの良い時間のフレーム。これを当面意識していこう。
